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吉村真基(D.I.G Architects)建築についてのテキスト

幻庵

2006年のmixi投稿より/榎本基純氏の訃報に際して

往年のmixiを再訪するのがちょっとしたブームになってまして(笑)12年前の投稿を救出しました。

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2006/10/25

恩師の代表作である「幻庵」のクライアント、榎本基純氏が突然の死を迎えられたそうです。 
実は、榎本さんには数ヶ月前幻庵を初めて訪れたときにお会いしました。 

幻庵は写真でみる印象とは妙に違う、桃源郷のような不思議な場所でした。美しいような、やさしいような、かなしいような空間です。 
石山さんは「俺が死んだら幻庵しか残らないだろう」と言っていました。そのことを榎本さんに伝えると、「そんなことを言っていたんですか。石山さんがねえ。…そうですか。」と首を振っていました。 
外部も、内部も非常にきれいで、そればかりでなく庭もよく手入れされているように見えたので、「とても大切にされているんですね。」と言うと、いやいや何もしていませんと言うのです。 
そんなはずはないと思ったのですが、どうやら本当のようでした。 

幻庵はいわゆる建築とはかなり異質な物でした。 
わたしのそれまでの石山修武観がまったく見当はずれだったことに気が付きました。幻庵については、装飾を排除しないところに石山さんの優しさが垣間見える…というような言われ方をすることもありますが、わたしにはそこにあるものが装飾であったとも思えないのです。 
道に落ちているネジや金属の破片を拾っては集め、集めた部品でいつかロボット作ろうと思っていたという阿部仁の少年時代の話がありますが、幻庵で感じたものは、しいて言うならそれに似ています。 
藤森照信が、人間は採集に戻っていくんだ、とどこかで言っていた記憶があります。道端で缶カラを集めているおじいさんの顔なんかは妙に輝いているんだそうです。採集は楽しいんです。 

幻庵に満ちていた建築との間の不思議なズレは、採集のヨロコビではないかという気がします。 
石山修武と榎本基純が世界中から拾っては集めたいろんな「部品」が事物として結実したものが幻庵になのではないかと。 

これ、きちんと説明するにはまだ大分時間がかかりそうです。 
幻庵の一ヶ月後に今度は川合健二邸も訪れるのですが、これもまた、衝撃的な建築でし


た。 
幻庵を建築と呼ぶべきかどうかについては迷いがあるのですが、川合健二邸はハッキリ建築と呼べます。 

 


突然の訃報、驚いています。 
ご冥福をお祈りいたします。

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